PROFILE

プロフィール
本名    木村秀勝
生年月日  1954.3.24
出生地   大阪市
血液型   A型

木村充揮(kimura atsuki)


木村充揮は20数年間、ブルースバンド「憂歌団」のリードヴォーカルとして絶大な人気を誇ってきた。70年、80年、90年、そして21世紀に入っても大阪を代表する者としてメジャー・シーンを歩んできており、その“天使のダミ声”とも言える声の魅力、独特の歌いまわし、ブルース・フィーリングは、他の追随を許さないところである。本人によると、小学校の頃からほとんど声変わりをしていないとのことで、ひょっとするとこれこそは神が与えたもうた『天使の声』かもしれない。 メディアで伝えられている木村充揮の表面的な顔としては、「大阪・生野の住人」(大阪の顔)「ブルース一筋」「おもろい奴」などがあるが、これは憂歌団のフロントマンとしてのイメージである。その他、「最高のヴォーカリスト」(約40年間のキャリアを持つ木村充揮を、日本最高のヴォーカリストと評価する音楽関係者、ミュージシャンは多いと共に、歌詞の意味・理論を越えて、聴衆を音楽空間に導く才能を持つ)等があるが、その木村充揮の才能の全面開花を期待する声はますます高まってきている。そのフィジカルな天分、すなわち「声」から“最高のロック・ヴォーカリストへ”ニュー・ポップ・ヴォーカリストとして”はたまた“アジアのブルースへ”などの進路もあり、“まったく新しいタイプのシンガー”としての今後の方向性もみえている。例えば、東洋の愛を表現する日本のボブ・マーリーであり、ロック、ポップ、ブルースにとどまらず演歌、流行歌、ジャズ、民俗音楽にいたるまであらゆるカテゴリーを包括したボーダー・レスなシンガーという存在である。また、もはや名人芸の域に達している唯一無二のライブパフォーマンスは数多くの若いアーティストからのリスペクトも集め、音楽ファンを魅了し続けている。


【BIOGRAPHY】

[1994年]
7月、これまでとは別のコンセプトでソロ・ヴォーカリストとしての動きも開始し、ひと味違ったポップ感覚溢れた初めてのソロアルバム『ポー』を発表。
10月、「大遊協」CMの歌唱を担当。

[1995年]
6月、『Bye,Bye,Bye』が映画「チンピラぶるーす ど・アホ!」の主題歌に。
また『オールライト・サン』は挿入歌に。
7月、2ndアルバム『YOU-TONE』を発表。
10月、アサヒ飲料缶コーヒー「J.O.」CMの歌唱を担当。

[1996年]
4月〜MBS TV番組「グラフティー’96」オープニングのスキャットを担当。
5月、「リクルート」CMの歌唱を担当。
11月〜YES-fm「ブルースサンデー」レギュラー出演。

[1997年]
3月、2年振りに新しく書き下ろした3rdアルバム『俺らのハウス』を発表。
ソロ活動に魅力を感じ、ますます意欲をみせその素晴らしい個性に磨きをかける。
5月〜サンテレビ「いい日、ラブソング」レギュラー出演。
同月、「神戸ハーバーサーカス」CMの歌唱を担当。
8月、「京阪神ポイ捨て防止共同キャンペーン」CMの歌唱を担当。
9月、4枚目のソロアルバム『流行歌/HAYARIUTA』は、昭和初期の名曲(流行歌)に挑戦しソロ・ヴォーカリストとしての存在をあらためて感じさせる。
10月〜YES-FM「木村充揮のいちにちデート」レギュラー出演。
11月、「NTT DoKoMo中国」CMの歌唱を担当。

[1998年]
1月、アサヒビール「生一丁」のCMに出演。
自分自身の音楽の追求のために新事務所『ダンディライオン』を設立。
11月、その第一弾として盟友、有山じゅんじ氏とのDUOアルバム
『木村くんと有山くん』を発表。12月を皮切りに1999年9月までの間100ケ所にも及ぶ全国ツアーを開催。
同月、「西鉄バス」CMの歌唱を担当。

[1999年]
惜しまれながらも『憂歌団』は無期限活動休止に入る。
9月〜CS MONDO21 TV「HAPPY HOUR KANSAI」レギュラー出演。
10月、2年程前からイメージしていた新バンド『CUM'CUM'』を結成。

[2000年]
1月、新年早々心斎橋BIG CATにて「新春!南吠える!!」を3日間プロデュース。
以後毎年ゲストを迎え恒例行事となる。
同月、「マクドナルド」CMの歌唱を担当。
11月、CUM'CUM'ファーストアルバム『CUM'CUM'』を発表。

[2001年]
3月、CUM'CUM'が歌う日本の名曲『この道』は、日石三菱のキャンペーンソングとして 反響を呼んだ為、マキシシングルとして発売。
5月、手塚治虫氏原作の映画「メトロポリス」の挿入歌を担当する。
10月〜FM愛媛「木村充揮のWHAT A FANTASTIC LIFE!」レギュラー出演。
11月、「SONYベガシアター」CMの歌唱を担当。

[2002年]
精力的にソロ活動を開始し全国で歌いまくりながらTVドラマ「私立探偵濱マイク」に役者として 出演したり、華原朋美氏のニューシングル『あきらめましょう』の作曲を担当するなど 多方面で活躍する。
10月、サントリーウイスキー「膳」CMの歌唱を担当。
同月、「村田製作所」CMの歌唱を担当。

[2003年]
3月、「河合塾」CMの歌唱を担当。
同月、ブロードバンド放映のショートフィルム『みつわ』のエンディングテーマ曲を歌う。

[2004年]
3月、パチンコCR『暴れん坊将軍』CMの歌唱を担当。
5月、中国を訪れ北京の「JAZZ-YA」にて2日間ライブを行う。
8月、以前イベント用に作られた未発表曲『フシギナチカラ』が「NHKみんなのうた」に決定。

[2005年]
1月、ヱビスビールCM「冬の宴」篇で近藤房之助氏、有山じゅんじ氏、三宅伸治氏と共に 映画「第3の男」テーマ曲の歌唱を担当。
7月、「広島アルパーク」CMの歌唱を担当。
同月、「学研教室」CMの歌唱を担当。

[2006年]
2月、11〜12日の2日間、デビュー30周年を迎え「30th Anniversary」コンサートをNHK大阪ホールにて開催。これを機に3月『30th Party』、4月『小さな花』と
2タイトル連続でリリースする。
6月、大西ユカリ氏と共に出演したサントリー焼酎「それから」のCM撮影の現場で
二人の遊び心から生まれた初のデュエット曲『それから』を発表。
12月、9時間にも及ぶ30周年ライブのステージを4時間に凝縮した木村充揮・初の映像ドキュメントとして2枚組のLIVE DVD『継続は力 〜オ・カ・ゲ・サ・マ・デ〜』を発表。

[2007年]
3月、映画「ヒョンジェ」の主題歌『LOVE SONG』を担当する。
6月、バリ島クタの「PLAZA BALI」でフリーライブが決定した事をきっかけに
「木村組」からツアー参加者を募り6日間の観光を兼ねたファンクラブイベントも同時開催し バカンスを満喫する。ライブの様子は現地の「じゃかるた新聞」にも取り上げられる。
7月、この2〜3年濃密なステージを共有してきた近藤房之助氏と、昭和の“男唄”を讃えカバーしたアルバム『男唄〜昭和讃歩〜』を発表。
男による男の為の応援歌は、せちがらい平成の世に滲み渡り、同氏と各地で行った「男唄ライブ」は話題を呼び、多方面から高い評価を得る。
11月、『小さな花』が映画「恋する彼女、西へ」の主題歌に。

[2008年]
4月、話題作のLIVE DVD『男唄〜THE 歌謡 SHOW〜』を発表。
同月、日清食品50周年企業TV-CM「CAPMAN」シリーズの音楽を担当。
(テレビ朝日「Delicious Collection」枠内)
8月、シングル『クレイジー節〜昭和讃歩〜』を発表。

[2009年]
7月、男唄シリーズ3部作を経て、オリジナル楽曲を発表するため近藤房之助氏とのユニット “クレイジードッグス”を結成し、熟成した世界観をより表現するために創り上げた “クレイジードッグス”として最初で、そして“男唄”シリーズの集大成となる一枚 『CRAZY DOGS』を発表。

[2010年]
10月、名古屋「得三」にて憂歌団結成の原点である内田勘太郎氏のイベントにゲスト出演し、 12年振りの共演を果たす。 憂歌団の復活を待ちわびるファンが全国から名古屋に集結。 その後も同氏との共演を重ね今後の展開が期待される。

[2011年]
2月、『ケサラ~CHE SARA~』が映画「毎日かあさん」の主題歌に。
3月〜4月、日本を代表するジャズ界の奇才・梅津和時氏をプロデューサーに
渋谷毅氏(Piano)をはじめとする素晴らしいプレイヤー達を迎え
木村充揮キャリア初のジャズ・アルバムをスタジオ・レコーディング。
Nat King ColeとBillie Holidayこの二人の偉大なアーティストの永遠の名曲群を唄う
珠玉の名盤シリーズが完成。
5年ぶりとなる待望のソロ・アルバム『Kimura Sings Vol.1〜Moon Call』を3月 『Kimura Sings Vol.2〜Daylight in Harlem』を4月に連続でリリースする。
11月、映画「忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー ~感度サイコー!!!~」に出演。

[2012年]
1月、映画「犬の首輪とコロッケと」の主題歌『夢の町』を担当する。
2月、「OSAKA PiTaPa」のTV−CM
ソング「ぴたポン!のうた」の歌唱を担当。
4月、初の自叙伝となる『木村充揮自伝〜憂歌団のぼく、いまのぼく』を発表。
同月、TVドラマ「家族の歌」第3話のゲストとして本人役で出演。

[2013年]
2月、映画「きいろいゾウ」に出演し「グッド・ナイト・ベイビー」を歌う。
4月、『つったかマーチ』が関西テレビ開局55周年のTV-CMソングに決定。
5月、憂歌団のドラマー島田和夫氏の追悼イベントを開催するため
『憂歌団』再起動を発表。
8月、葉加瀬太郎氏の恒例行事「情熱大陸SPECIAL LIVE SUMMER TIME BONANZA 13」大阪公演が 「憂歌団」活動再開のお披露目の場となり、東京公演共に手応えを感じる。
9月/12月、『憂歌団からの便り。~島田和夫祭り~』として9月7〜8日に大阪なんばHatch、 12月16〜17日に東京赤坂BLITZで憂歌団として15年振りに行ったライブはチケットの争奪戦となった。 また、ドラムに元RCサクセションの新井田耕造氏をメンバーに迎え「憂歌団」本格始動を発表。

[2014年]
3月、「憂歌団」という唯一無二のバンドを作り上げた内田勘太郎氏とのユニット 「憂歌兄弟」として、デビュー以前の憂歌団エピソード・ワンともいえる、すべてを一発録音したリアルサウンドのフルアルバム『憂歌兄弟』をLP+CDで発表する。同月、新生「憂歌団」の初めての公演「一回目。」を大阪フェスティバルホールで開催。「変わらぬ憂歌団」と「これからの憂歌団」を惜しみなく披露する。
5月、『憂歌団からの便り~島田和夫祭り〜』最終公演、約2時間半にわたって 代表曲の数々を披露した名演を収録したDVDを発売。
6月、久々の日比谷野外大音楽堂で「東京一回目。」を開催し興奮と感動のステージは またひとつ日比谷野音の歴史に名を残す伝説のライブとなった。
また、この年に開催された様々な大型野外ロックフェスティバルには「憂歌団」として参加し、老若男女のロックファンをも魅了した。
9月からは、これまでのソロ活動に「憂歌団」と平行して「憂歌兄弟」としてもツアーを開始する。

[2015年]
「憂歌兄弟」としてもツアーを重ね、この年に開催された様々なイベントやメディアへの出演は「憂歌兄弟」での参加が目立った。
ライブではドラムの新井田耕造氏にサポートしていただく。
相変わらずソロライブでも全国を飛び回る。

[2016年]
デビュー40周年を迎え還暦を過ぎてもなお「ライブが全て」と言う信念はぶれることなく精力的にライブ活動を続ける。
6月、映画「TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ」にゲスト出演する。
オリジナルサウンドトラック「TOO YOUNG TO DIE! 地獄の歌地獄」にも「閻魔をたたえる唄」で参加。

[2017年]
1月、阪神電気鉄道株式会社PR動画「ぼくの街の阪神電車 2017」のBGMを担当。

(1987年に制作されたテレビCM「ぼくの街の阪神電車」が30年の時を経て現代版にリメイクされBGMも再レコーディング)